黄ふくろう日記

大好きな事なら超続けられる…でも大好きな事は毎日入れ替わるよ♪

スポーツ新聞と本当に変わらないレベル

 昨夜、友人と遅くまで飲みまして、今日はすっかりお休みモードであります。そのため、起き抜けに何の気もなくテレビの情報番組を見ていたわけですが、民放の番組はいずれも「紀州のドンファン」事件をトップで取り上げていまして、メディアとしてのテレビの価値はスポーツ新聞と本当に変わらないレベルになったなぁと改めて実感している次第です。

 そんなこと、今さら改めて言うような話じゃない、もともとテレビなんてその程度のもんだよという人もいるでしょう。たしかにそう思います。しかし、数年前ならちゃんと硬派な情報番組もあって、世の中の動きを真面目に知りたい人は、そういう番組を見ることができました。今やそういう番組は壊滅的になくなり、どの情報番組もワイドショーと同じで、どんどん低俗化の方向に進んでいるようです。

 大体、朝っぱらから30億円使って女を買い漁っていた男の話を延々と取り上げますかね。下品極まりない話ですよ、はっきり言って。それを連日、情報として流すテレビ局の見識を疑うし、またそれを嬉しそうに見る視聴者の感性もおかしい。仕込みがあるのかどうか知りませんけど、今朝の番組でもこの件で初老の男性が街頭インタビューに応じ、「いやぁ、羨ましい! 男のあこがれ!」とか言っているのを見て、頭がクラクラしてきましたよ。

 もはやテレビとは、品位やら常識やら、そういう感覚がまともに機能していない人たちによって囲われているメディアということなのかもしれません。「男のあこがれ!」とかいうインタビュー、まともな感覚を持ち合わせていれば、これは放送すべきないと判断すると思うんです。だって、あまりにも下品すぎるから。でも、その感覚がないからノリで放送してしまう。 

 もうこうなったら、岩合光昭さんの「ネコ歩き」を見て癒される方が精神衛生上、よっぽどいい。テレビは今後、情報収集のためではなく、単に娯楽を提供するためのものだと心得て、付き合うべきメディアなんでしょうね。もうちょっと早く気づいて行動に移すべきでした。


ジェノベーゼソースを作りたい

 以前、ジェノベーゼソースを作ろうと思い立って、スーパーでバジルの葉を買おうとしたら、これが結構、高かったんですよ。たしかバジルの葉1パック(20g前後)で300円くらいしたかな。これだとソースをまとめて作ろうとしたら、何パックも買わないといけないから相当な出費になってしまうじゃないかということで、結局、市販のバジルソースを購入し、帰宅したことがありました。

 なるほど、スーパーでバジルの葉を買うと高いんだ、そういうことなら庭のどこかにバジルを植えて、それが育ってから葉を摘んで、ソースに使った方が経済的かもしれないと考えて、実際、バジルを植えておいたところ、それがずいぶん育ってきまして、葉をたくさん付けるようになりました。

 さっそくバジルの葉を摘んで、ジェノベーゼソースを作るつもりなんですが、やっぱり一応、どうせ作るなら美味しいものを作りたいということで、今回もまた、プロの作り方を参考にしましょう。



 一連の作業において、温度が上がらないように注意している様子がうかがえますね。最初にオリーブオイル、アンチョビ、松の実をミキサーの容器に入れたら、その容器を数分、冷凍庫で冷やしておくというがコツで、その後は、バジルの鮮やかな葉の色が変わらないように手早く作業するということです。

 それとレモン汁を少量、仕上げに加えると、味が締まってよいというアドバイスがあるので、それも取り入れるようにします。

 手順さえ間違えなければ、おそらく失敗することはないですけど、調子に乗ってミキサーを回していると容器の温度が上がって、ソースの色がだんだん濁ってくるらしいので、それだけ唯一、気を付けておくべきポイントになっています。


さりげなく気遣う感じがよろしい

 先日、こういうことがありました。バイクで田舎道を走っていると、前方に2台のバイクがいまして、どうやら1台は250ccに乗っている若い女性、もう1台は原付二種に乗っている中年の男性といった感じでした。それはまぁ、全然良くて、「ん? カップルなのかな? 仲良くツーリングなんて微笑ましいねぇ」なんて心のなかで思いつつ、その2台のバイクの後方を走っていました。

 それで30分くらい、そういう状況が続いたんですが、信号待ちになるたびに男性が女性の方に上体を傾けて、何やら一生懸命話しかけているんですね。何を話しているのかは分かりません。しかし、身振り手振りを交えて話している。女性の方は、上体を傾けることなく、乗車姿勢をキープしています。ただ見た限り、女性のヘルメットがときどき縦に動くので、おそらく相槌を打っているのか、もしくは「うん、うん」と頷いているのでしょう。

 そんな様子を後方で見ておりまして、あぁ、きっと免許を取得して間もない女性ライダーのために、男性が色々とアドバイスしているのかなと思ったんですけど、よくよく見ると、男性のバイクは原付二種なんです。これが大型バイクだったら分かります。しかし、ピンクのナンバープレートでおなじみ、原付二種なんです。どんなアドバイスを送っているのだろうという疑問が沸々と湧いてくるわけです。

 交通法規のおさらいをしながら走っているわけではあるまい。「いい季節だね~、新緑が美しいね~」という感想を言っているのであれば、身振り手振りを交えて話すのはオーバーアクションだし、それだったら女性からも色々と話しかけるだろう。ギアの入れ方やラインの取り方を説明しているとしても、ここはわりと広くて走りやすい国道なんだから、そんなことを今、アドバイスしても仕方ない。じゃあ、いったい何を話しているんだろう。

 いやまぁ、別に何を話していても構わないんですけど、その様子を後方から見ていて、二人がどういう関係にあるにせよ、男性側から熱心に話しかけるのはあんまり格好良くないなぁと、ふと思いました。やっぱりね、相手をさりげなく気遣う感じがよろしい。構ってあげようとすればするほど、男性側がなんだか滑稽に見えてしまいます。二人がたとえ、夫婦関係であったとしてもです。

 そうか、男性が女性に一生懸命、話しかける姿は、第三者的な立場から見るとこういう感じに映るのか、気を付けようという思いを抱かせてくれた、ある梅雨入り前の午後のひとときでありました。


正直、意図を汲みかねている


 「A gonna」を聴いた後に「Are you Happy?」を聴くと、それほど面白いとは思わなかったですね。MVを見ると、12期メンバーを前面に押し出し、9・10期メンバーが後方に回るといった格好で映像が展開されています。これは、はーちん(尾形春水)が今月20日、卒業を控えていますから、そりゃそうなるよねという演出です。

 歌詞の内容をチェックすると、コンプレックスが強く、嫉妬や寂しさに苛まれているにもかかわらず、わがままで独占欲が強く、自己顕示欲にも長けている女性が主人公になっています。

 実際、こういう女性と遭遇したら相当、面倒臭いと思いますが、これは一人の人格を表象しているわけではなく、女性の心理を総合して描いたものだと見るべきでしょう。そうすることで女性であれば、どこか思い当たる節があるイメージを見出し、そこに共感を覚えることで歌詞の世界と聴き手がリンクされるわけです。 

 楽曲のタイプとして、これは一応、EDMということになるのでしょうか。しかし、ベースラインのルーズさを考えると、ドラムンベース寄りのアプローチということになるのかしら。アレンジ担当は、信頼と実績の平田祥一郎さんですが、今回の編曲に関して、どのようなねらいがあったのか、ハロプロのYouTubeチャンネルにおいて、ぜひコメントをお聞きしたいですね。偽りなく言えば、正直、意図を汲みかねているというのが率直なところです。

 ただ、楽曲に関して色々と詮索するのは野暮な話で、MVのなかでマサイ族ジャンプが見られるように、単純にライブ会場で盛り上がることを念頭に置いて作られた楽曲ということも考えられます。その辺に関して、コレオグラファーの意図も聞いてみたいですね。


結局、今までの途上国支援と何が違うのか

長有紀枝_入門人間の安全保障















 結局、今まで行なわれてきた途上国への経済支援や開発援助と何が違うのか、どうもはっきりしないんですよね。

 つまり、こういうことでしょう。安全保障の概念は従来、軍事や治安など、暴力から身を守ることを中心として語られてきた。しかし今や、経済開発、人権問題、自然環境、公衆衛生など、人間が直面する脅威やリスクの多様化が進み、そうした脅威やリスクから身を守ることも国際社会の責務だと認識されるようになった。そこで、安全保障という概念を再定義して、人間の存立と尊厳を守るという意味で「人間の安全保障」という概念を提唱し、その包括的な概念にもとづいたアプローチを採用することで、国際社会の様々な問題に取り組んでいきましょうということですよね。

 う~ん、言いたいことは分かるんですけど、具体的な話になるとボヤっとしていて、そういうアプローチを採ることで、今までの途上国支援のあり方にどういう変化が起こるのかという疑問について、明示的な答えが見当たらないという感じなんですね。

 こちらが勝手に抱いているイメージなんですけど、そもそも途上国支援の専門家は、それこそ軍事や治安に力点を置いた安全保障のアプローチに違和感を示し、軍隊や警察の存在が「憎しみの連鎖」を生み、平和構築を難しくしているのだと主張してきたように思います。

 しかし、途上国支援の事例が積み重なると、統治システムや治安の維持さえままならない国や社会で、いくら支援や援助を行なったとしてもうまくいかないことが分かってくるわけです。それどころか、国連職員や非営利組織(NPO)職員などが現地で殺害されたり、誘拐されて身代金を要求されたりすることが現実に起きているのですから、それらの職員が紛争や犯罪に巻き込まれないためにも、途上国のガバナンス向上は必須であり、その意味で軍隊や警察の存在は不可欠だと考えるに至ったのでしょう。

 したがって、「人間の安全保障」では軍隊や警察の存在を否定的に捉えていません。むしろ、「国家の安全保障」と「人間の安全保障」は相補的という捉え方をしています。しかし、相補的とはいえ、双方を架橋するアプローチが提示されているわけではありません。正直、従来の途上国支援のあり方に「国家の安全保障」という担保を付け加えただけで、それぞれの要素を見てもとくに目新しい試みはないんですね。

 あえて穿った見方をすれば、この議論は、先に言及したように、国連職員やNPO職員が途上国での安全を確保するための方便として語られているのかもしれません。そのように見れば、どうして従来の途上国支援のあり方を変えようとしないのか、「国家の安全保障」と「人間の安全保障」を架橋するようなアプローチや枠組みを追求しないのはなぜかという疑問に対して、答えらしきものが浮かび上がってくるのではないでしょうか。

 もちろん、「人間の安全保障」を追求すべく、純粋な気持ちで頑張っている方もたくさんいるでしょう。しかし、何事にも本音と建前というものがあり、この議論に関しても理想的な建前だけでなく、本音の部分を探ってみないと、どこに行き詰まりや限界があるのか、見えてきません。その辺りを意地悪く勘繰るぐらいじゃないと、議論のブレイクスルーは生まれないだろうと思います。


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